人権確立部会
京都市の差別事件対応の変遷を学ぶ

7月30日午後6時半より、部落解放センター(Kyoto Blc)で、人権確立部会が開催されました。
このかんの取り組みについて経緯を知らないメンバーも多いことから、学習会として設定されたものです。
13名が参加し、神原部会長が「差別事象処理要綱とガイドライン――京都市の差別事件への対応の変遷」と題して報告を行いました。
京都市において、差別落書等への対応の根拠となっていたのは、1981年に策定された「同和問題に係わる差別事象の処理に関する要綱」です。
京都地方法務局は、差別事象の行為者が特定できれば「人権侵犯事案」、特定できなければ「情報収集事案」として扱っていたため、
落書のほとんどが情報収集事案とされ、マスコミには公表されてきませんでした。また人権侵犯事案の場合も、行為者の数が事件数として見なされ、
たとえ100件の落書があっても行為者が1人ならば1件としてカウントされていました。しかも京都市は法務局への報告を長年にわたって拒否しており、
京都府のものとして法務局が公表していた差別事象は、市の事案を除いた件数でした。このような対応が差別を矮小化し、温存してきたといえます。
神原部会長は、差別事象処理要綱廃止の経緯と「差別事象に係る対応についてのガイドライン」策定についても述べ、それらの動きに伴って公文
書開示請求が必要となったことを示しました。すなわちガイドラインによって局・区役所単位で事案を処理することとなったため、人権文化推進課で
差別事象を集約しなくなったのです。市が情報提供を拒んだこともあり、差別事象を把握するためには開示請求を行うほかなくなりました。実際に
開示請求に携わってきた経験から、神原部会長は各局の記録の杜撰さ(写真の不備や使いまわし)や隠蔽行為(報告の不存在化)を指摘し、同一犯が200件に
及ぶ民族差別落書を行ったケースも紹介しました。これは公園や街頭、地下鉄トイレなど広範囲に被害があったものの、異なる管轄が互いにその実態を
知ることができず、局間連携や人権文化推進課への報告を定めていないガイドラインの弊害が浮き彫りになったものと言えます。
人権文化推進課はその後、プライバシー保護を名目に差別事象の記録を原本から黒塗りするようになり、落書そのものを黒塗りしてから撮影すること
さえ起こりました。この方針に関わった職員が異動したのちも黒塗り化は続きましたが、電話番号を記載した差別落書にまつわって市の矛盾した回答を
引き出したことで原本の黒塗り廃止を実現し、その経緯についても説明が行われました。
市は現在も京都市協への情報提供を拒否し続けており、そのため3カ月ごとの開示請求が必要になっています。こうした状況を踏まえ、神原部会長からは
「開示請求なしでも情報提供されるように要求を続けること」など、今後について4項目の課題が提起されました。特に差別事象の情報提供にあたっては、
様々な社会的弱者・少数者がターゲットになることから、部落解放同盟だけでなく該当する団体と連携して協議することが有効と考えられます。
「京都市人権文化推進計画」の追補版や市との意見交換会の実質化に向けても、内部での議論が求められています。
参加者からは、京都市の中では交通局が協力的であるという状況に対して、「市バス運転手は同和枠で採用されているという誤解があるため、運転手に
『ここ部落やんな』等と発言する乗客がいる」、「実際にそうした事案と直面することで他人事ではないという意識が生まれる」、「部落出身者で
あっても学ぶ機会がなければ、何が差別なのかわからない人も多い」といった感想が寄せられました。こうした実感に鑑みて、継続して学習の場を設けて
いく必要があると言えるでしょう。
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